【乱(1985)】黒澤明

映画【乱(1985)】あらすじと感想と海外で評価が高い理由について

【乱(1985)】黒澤明

1985年/日本、フランス/監督:黒澤明/出演:仲代達矢、寺尾聰、根津甚八、隆大輔、原田美枝子、宮崎美子、野村武司、井川比佐志、ピーター/第58回アカデミー衣裳デザイン賞受賞

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この記事は大損オーソンウェルズ氏に寄稿いただいたものです。

朱縫shuhou
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【乱(1985)】黒澤明
©乱より引用

黒澤明の作品は世界的に広く観られているが、国内での評価と海外での評価はしばしば食い違う。

例えば黒澤の名前が海外で知られるきっかけとなった【羅生門】も、初公開当時はキネマ旬報ベストテンで5位。異色作として一定の評価はされたものの、【醉いどれ天使】【野良犬】への絶賛にはとても及ばなかった。もしヴェネチア映画祭でのグランプリ受賞がなかったら、現在のように邦画史上のベストテンに選ばれていたかどうか疑わしい。

これとは逆のケースもある。

【天国と地獄】【赤ひげ】は国内では極めて高い評価(キネ旬ベストテンでそれぞれ2位と1位)を受け、興行的にも大ヒットを記録した。ところが海外では知名度が低く【七人の侍】【用心棒】といったポピュラーな作品とは比較にならない。

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【七人の侍】三船敏郎

小津安二郎溝口健二についても国内外での評価の差はあるのだが、黒澤の場合はそれが特に目立つ。

これは黒澤の作風に”西洋親和性”(つまり欧米人にとって判りやすい)と呼べる特徴があり、それが作品によって濃く出る場合とそうではない場合があるためだと思う。

私見だが、ここで紹介する【乱(1985)】もその特徴が強く出た作品だ。

 

 

 

映画【乱(1985)】のあらすじザックリ

戦国の武将一文字秀虎は嫡男である太郎に家督を譲り、二の丸で隠居生活に入る。ところがこの弱気とも言える行動が息子たちの野心を刺激し、やがて兄弟間で血で血を洗う領地争いが勃発する。居場所のなくなった秀虎は道化の狂阿弥とともに荒野を彷徨う羽目になる。秀虎の身を案じるのは、ただ1人三男の三郎のみだったが…

 

 

黒澤明の「代表作」?原案はシェイクスピア

【乱(1985)】の原案となっているのはウィリアム・シェイクスピアの「リア王」。

黒澤は西洋の古典文学を映画化するのが好きで、シェイクスピアも以前「マクベス」を翻案して【蜘蛛巣城】という傑作を生んでいる。

 

【乱(1985)】も【蜘蛛巣城】同様、舞台は日本の戦国時代。

原作通りに謀略と裏切りの渦巻く血なまぐさい世界を描き、前作【影武者】では登場人物のリアクションで処理していた大掛かりな合戦場面も今回は存分に映像化している。文字通り破格の規模の大作であり、黒澤も「私の代表作」と自負するほど満足のゆく仕上がりとなった。

【乱(1985)】黒澤明
©乱より引用

それを示すように日本でも【影武者】よりも高い評価を得、さらに海外でもあらゆるメディアが絶賛した。受賞も多く、米国アカデミー賞では衣装デザイン賞を得たほか、黒澤自身も日本人監督として、【砂の女】勅使河原宏以来二人目となる監督賞へのノミネートを果たしている。

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ところがこれほどの高い評価を得た【乱(1985)】に対して、ある映画人が辛辣な批判を浴びせた。

それはかつて黒澤の【羅生門】、【七人の侍】、【生きる】といった名作で共同脚本を務め、【切腹】【白い巨塔】といった傑作でも知られた名脚本家・橋本忍である。黒澤にとって身内といえる存在だ。

橋本はその著書「複眼の映像」で以下のように書いている——

脚本上の人物設定の欠如、明らかな脚本ミスである。いや、単なる人物設定の欠如だけでなく、もっと致命的なものまでなにか予測され、その上、ストーリーの構成にも成り行き任せに似たものがある。

リヤ王が多数の郎党や側室を連れたまま領内を放浪する設定が、これだけの大人数が、毎夜どこで寝泊まりし朝夕の食事をするのか、絵作りの見当すらつかない、ストーリーの強引な浮き上がりである。

橋本忍はさらに黒澤は主人公に自分を投影していると指摘し、

(映画『乱』の脚本は、リヤ王が、自ら……いや、黒澤さんが、リヤ王そのものになったつもりで書いたのだ)

-中略-

これならテーマも、ストーリーも、人物設定もいらない。登場人物の思うがまま、意のままに話を進めればいいのだ。

-中略-

登場人物の主観のみにより書かれた脚本、客観性が一切欠落した脚本、それは第三者には傲岸不遜で、ひどく押しつけがましいものでもある。

これらの橋本の意見に私も同意する。素人目から見ても、構成の甘さ、人物造型の彫りの浅さ、説明臭いセリフには閉口する。

【乱(1985)】黒澤明
©乱より引用

橋本忍といえば一時期「日本一有名な脚本家」と称された人であり、フラッシュバックの巧みな使用においては並ぶもののない名手だ。映画のドラマツルギーを知り尽くしている彼だからこそ、劇的な葛藤のなくなった黒澤作品の欠陥をこれだけズバズバと指摘できたのだろう。

また共同脚本に際して周辺の意見を聞かなくなった黒澤の唯我独尊ぶりに対し、親しかった故に直言したい気持ちも強かったのだと思われる。

 

なぜ海外での評価が高いのか?

ではなぜ批評家、特に海外のプレスがこの作品を高く評価したのか。

おそらく【影武者】とは比較にならないほど鮮やかな色彩を配した撮影、天守閣の炎上や合戦場面などのスケール、そしてそれらがシェイクスピアの原作を下敷きに映像化されている、という事実からだと思う。

【乱(1985)】黒澤明
©乱より引用

特に映像の美しさについては海外の何人もの批評家が口にしており、オスカーの衣装デザイン賞を受賞したことで判るように専門家の評価も高い。

私見ではこのあたりに欧米人の独特の審美眼がある。

 

かつて【地獄門】という映画がカンヌ映画祭で最高賞を獲ったことがある。実はこの受賞に関しては【羅生門】のグランプリ受賞より国内で驚きの声が高かった。

というのもこの【地獄門】、日本人からするととても秀作とは思えない出来だったからだ。その証拠に【羅生門】は当時のキネ旬ベストテンに入っているのに、【地獄門】は選に漏れている。実際に今見直してもドラマとして緊張感がなく、面白いとはとてもいえない。

 

エキゾチシズムへの評価?

これで判るのは、美のエキゾチシズムに関して欧米人がいかに弱いか、という事実だ。

【地獄門】にしても【乱(1985)】にしても、戦国時代の絵巻物をそのまま映画にしたような絢爛さがある。その色彩は日本人からすると当たり前のように見えるのに、欧米人は高い精神性を帯びた「美」を感じ取る。

もちろんその美というのは日本の風土や精神風俗を反映したものなのだが、キリスト教文明とは異質の文化への驚嘆がその評価に混じっている。

【乱(1985)】黒澤明
©乱より引用

黒澤は若い頃画家志望だった。カラー作品を本格的に作り始めてからドラマ作家としての技巧は後退し、画面をキャンパスとみなすような画家としての資質が前面に出てきた。この【乱(1985)】はそれが頂点に達している。

日本人はその資質をとりあえず評価するものの、それよりはドラマ性に富んだ活劇監督としての黒澤を高く買う。

そして外国人は黒澤の活劇も好きだが、エキゾチックなヴィジュアルを提供できる才能も絶賛する。

国内と海外で作品ごとに評価が食い違ってくるのは、そんな事情があると思う。

 

 

映画【乱(1985)】の感想一言

大損ウェルズ氏

橋本忍も戦闘場面については「凄まじくて迫力がある」と書いているし、日本の評論家が評価したのもその合戦画面を含め、巨匠の大作らしい風格の故だろう。

ただ海外での絶賛ぶりは日本人の感覚からは違和感を覚えるもので、黒澤という監督の特異性を感じざるを得ない。

個人的には上に記したようにドラマとして不満で、過去の黒澤作品のような圧倒的な面白さがない。黒澤という監督の一側面を知るのならいいが、代表作というのには躊躇を覚える。

朱縫shuhou

【乱(1985)】は映画ガイドブック「死ぬまでに観たい映画1001本」でも絶賛されています。絶賛しているのは当然アメリカ人(ジャーナリストのDavid Del Valle氏)で、絶賛も絶賛、「【乱(1985)】は死ぬまでに観たい1001本の映画のうちのトップ10に確実に入るて言い切っちゃうくらい絶賛。

それなのに肝心の日本人からの評価がイマイチなのにはこんな理由があったんですね。

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