- 西部劇
- 2026年3月27日
2004年/ドイツ・オーストリア・イタリア/監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル/出演:ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ララ、ユリアーネ・ケーラー、トーマス・クレッチマン、ウルリッヒ・マテス、コリンナ・ハルフォーフ、ハイノ・フェルヒ、クリスチャン・ベルケル
注※このサイトは映画のネタバレしようがしまいが気にせず好きなこと書いてます!未視聴の方はご注意ください!

人類史上最悪の独裁者のひとりに数えられるアドルフ・ヒトラー。
ナチス・ドイツを描いた映画は数あれど、怪物ヒトラーの“人間”の一面を切り取ってみせた映画って【ヒトラー ~最期の12日間~】を除いて記憶にありません。
この映画を撮ったのが「ドイツ」っていうんですからまたねえ、色んなこと考えますよ。きっと世界中から批判される可能性があることも覚悟の上で製作したんだろうなあとか。
でも結果、概ね高評価で安心しました。そりゃそうか、“人間”として描かれる場面もあるというだけで決してヒトラーが“善人”として描かれているわけではありませんから。鑑賞後には観客の誰もが「やっぱりヒトラーって精神異常者だったんだな」って理解で落ち着くと思います。
映画【ヒトラー ~最期の12日間~】のあらすじザックリ
1942年、トラウドゥル・ユンゲは数人の候補の中からヒトラー総統の個人秘書に抜擢される。1945年4月、ベルリン。第二次大戦が佳境を迎える中、ドイツ軍は連合軍に追い詰められつつあった。ヒトラーは身内や側近と共に首相官邸の地下要塞へ潜り、トラウドゥルもあとに続く。そこで彼女は冷静さを失い狂人化していくヒトラーを目の当たりにする。
ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーの最期の12日間
【ヒトラー ~最期の12日間~】は崩壊寸前のナチス・ドイツ第三帝国を独裁者アドルフ・ヒトラー(ブルーノ・ガンツ)の地下壕という“密室”から描いた異色の戦争ドラマです。ヒトラーの秘書のひとりトラウドゥル・ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)の回想録「私はヒトラーの秘書だった」を基にして、1945年4月のベルリン陥落直前の12日間を克明に描き出しています。
原題はドイツ語で「没落・滅亡・破滅・沈没」を意味する【Der Untergang】。
ヒトラーの誕生日は1889年4月20日。ヒトラーが妻のエヴァ・ブラウン(ユリアーネ・ケーラー)とともに拳銃自殺したのが1945年4月30日(56歳没)ですから、当然「最後の12日間」には彼の誕生日も含まれていて、地下壕の中で盛大なパーティを催す場面も描かれます。

今全然関係ないけど喜劇王チャールズ・チャップリンの誕生日は1889年4月16日。実はチャーリー(※チャールズ・チャップリンの愛称)とヒトラーって誕生日4日しか違わないんですよ。
知ってた?
「怪物」ではない生身の人間アドルフ・ヒトラー

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君は?どこから来たんや?
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ミュンヘンです。
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そうか…ミュンヘンから…。
秘書採用試験の際、ミュンヘン出身だというトラウドゥル・ユンゲを懐かしげに見つめるヒトラー。
その姿は残虐な政策を打ち出した怪物には到底見えません。
ヒトラーはトラウドゥルを含む秘書達には常に優しく、国民啓蒙・宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルス(ウルリッヒ・マテス)の子供達を可愛がり、ヒトラー青少年団の少年ペーター(ドネヴァン・グリア)のほっぺを優しくつねって勇気をたたえます。

ブルーノ・ガンツが演じるヒトラーは、歴史の教科書の活字に躍る“冷酷な独裁者”ではなく、多くの人と同じように女性や子供に優しく接し、理想のために激昂と落胆を繰り返す情緒不安定なただの老人です。
震える手(ヒトラーの左手が震えているのはパーキンソン病が原因だったのではないかと言われています)。曲がった背中。疲れた様子で地下壕を歩く姿は紛れもなく“人間”。

こうしてヒトラーの“人間”としての一面を描くことで【ヒトラー ~最期の12日間~】は単なる伝記映画の枠から数歩抜きんでています。
ヒトラーの残虐さが正当化されているわけではありません。しかしかの有名な独裁者は紛れもなく現実に存在した一人の“人間”であったのです。
閉塞した地下壕で存在しない部隊に命令を出す総統閣下
物語の舞台となるのは物理的にも心理的にも閉塞した地下壕。首都ベルリンに迫るソ連軍の砲撃音が絶え間なく響く密室。
戦況ですか?もう終わり。敗けです。
未だに勝利を確信している幹部も一部いるけど、ベルリンはすでに包囲されてるし、兵力も物資も全然足りない。ナチス・ドイツで絶大な権力を誇っていた悪名高きハインリヒ・ヒムラー(ウルリッヒ・ネーテン)だって逃げ出しちゃいましたわ。
完全におしまい。
しかしこの地下壕では、将軍たちが存在しない部隊のコマを地図上で動かし、ヒトラーはファンタジーな反撃命令を出し続けています。
反撃しろって言われても、いったい誰が反撃すんねんな。
だから、反撃する部隊なんてもうどこにも無いって言うてるやん。

何してんねんさっさと反撃せんかいやと喚く一方で、ヒトラーは淡々と自決の準備も進めています。
己の敗北も責任も認めず一瞬で確実に天に召される手段を模索する独裁者。
ヒトラーへの狂信的な忠誠を貫いて、あろうことか子供達を毒殺したのちに自分達も自決する道を選択する宣伝大臣ゲッペルス夫妻。
生存を望み地下壕を出て逃走する道を模索するトラウドゥルや一部の将校達。
崩壊はある日いきなり起きるものじゃなくて、間違った前提や判断を引きずり続けた結果、じわじわと避けられなくなっていく――そんな過程が描かれています。

戦闘シーンは少なく、しかもごく客観的にドキュメンタリータッチで描かれます。派手なドンパチより恐ろしいのは地下壕の薄暗い蛍光灯の下で繰り広げられる人間模様。
敗戦が目前に迫った時、国民を牽引してきた首脳部とて疲労と混乱を隠せません。
怪物ではないヒトラーをなぜ止められなかったか
【ヒトラー ~最期の12日間~】を観ていると、ヒトラーにはむしろ“怪物”であって欲しかったと思います。鬼とか悪魔とか。人間にはどうしようもできない別の生命体ね。

あんな大量虐殺者が“人間”であるはずがない。
人の皮を被った“怪物”や。
だってこう考えた方が罪の意識は和らぐじゃないですか。

でもヒトラーが“怪物”でなく“人間”であると認識した時、私たちは「どうしてコイツを止められなかったのか」という問いから逃れられなくなるわけですよ。
これこそが本作が撮られた意義なんじゃないかと私は思っています。
激昂する怪物!「例のシーン」のアドルフ・ヒトラー
さて、本編には無関係ですが、【ヒトラー ~最期の12日間~】について語るには避けて通れないネタについて触れておきます。有能なネット民の方々は地下壕で激昂するヒトラーの描写を見逃しませんでした。
餌食になったのはシュタイナーが命令通りにソ連軍に攻撃しなかった(できなかった)報告を受けて、ヒトラーが激おこするシーン。
お前ら(=将軍その他上層部の連中)士官学校で何を学んできたんじゃ!
戦争に敗けたんは全部お前らのせいや!
お前らなんかに任せるんやなかった!

確かに、見ようによってはめちゃくちゃおもろいんですよこの場面。
持ってた鉛筆を机に叩きつけて、薄い頭髪を振り乱し、怒りにまかせてヒトラーが大声で喚き散らすんですけどね?キレ方もダサけりゃキレてる内容も責任逃れの支離滅裂。
こちらの「例のシーン」は余りの面白さにネットミーム化されてしまいました。
私は奇跡のそら耳「柴田さん!」がお気に入りです。
映画【ヒトラー ~最期の12日間~】の感想一言

【ヒトラー ~最期の12日間~】は戦争映画でありながら戦争の勇敢さや英雄を描くものではありません。
本作は言わば「崩壊の記録」。
劇的な結末が待っているわけでもなんでもない。爽快感も達成感も皆無。ただ史上最悪の統率が崩壊しただけのこと。
それでも本作には観る価値があると思います。なぜなら本文にも書いたとおり、“人間”として、二度とヒトラーのような“怪物”を生み出すわけにはいきませんもの。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
そんなあなたが大好きです。
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