1965年/日本/監督:黒澤明/出演:三船敏郎、加山雄三、山崎努、団令子、桑野みゆき、香川京子、江原達怡、二木てるみ、根岸明美、頭師佳孝
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この記事は大損ウェルズ氏に寄稿いただいたものです。
古今東西の映画及び関連書籍をしこたまあさってきた映画狂、大損ウェルズ氏のうんちくをお楽しみください。
黒澤明がその生涯で作った映画の数は30本。
多いように思われるかもしれないが、日本映画の監督としてはかなり少ない。
たとえばデビュー以来黒澤のライバルとされてきた木下惠介は、一時期テレビ制作に専念してブランクがあるにもかかわらず、45年にわたるキャリアで49本の長篇を作っている。
溝口健二、小津安二郎など巨匠と称される監督でもこれくらいの本数が普通で、黒澤は戦後の邦画量産期に活躍した監督としては極めて寡作だったといってもいい。
おはこんばんちは、朱縫shuhouです。 いやあ~、邦画って良いよね。助手嘘つけお前邦画全然知らんやないか!そんなことないよ、知ってるよ。【ALWAYS 三丁目の夕日】と[…]
寡作である所以はやはり黒澤の完全主義にある。脚本と撮影にたっぷり時間と勢力を傾注し、満足がゆくまでリハーサルを繰り返す。
【どですかでん】などを除いては、どの作でも必ず予定の製作費と撮影期間をオーバーした。
やがて邦画界がテレビに押されて製作規模を縮小するにつれ、黒澤のその完全主義は敬遠されるようになる。そのことで製作費調達に悩まされ、さらに寡作ぶりに拍車がかかった。
そんな黒澤映画はすべてが彫心鏤骨 の労作で、いい加減に作られたものは一本もない。
ただ、その中でも特に完全主義を貫いて作られたといえるのが、ここで紹介する【赤ひげ】だ。
映画【赤ひげ】のあらすじザックリ
黒澤明監督作【赤ひげ】解説
ぼくは、この映画を作るについて特別な覚悟を決めていたんです。
つまり、観客が見たいと思っているものを作ろう。『どえらい映画なんで、どうしても見ずにはいられない』と言われるものをやろう、と。
そうするために、皆、いつもにましてうんと、うんと働きました。細かいところも見落としがないように、どんなつらい仕事でもがんばっていこうって。
とてもつらい仕事でしたね。
ぼくは二回病気になったが、三船も加山も一度ずつ身体を悪くしましたっけ…。
これは【赤ひげ】製作にあたってどのような気持だったかを振り返った黒澤の言葉だ。
常にエネルギッシュな彼にとってこんな詠嘆調の回顧談は珍しい。実際、この【赤ひげ】の製作に黒澤は他の作品よりも力を込めた。脚本の執筆に2年(例によって菊島隆三、小国英雄、井手雅人といった一流脚本家との共同執筆)、そして撮影期間はなんと1年半。これはあの【七人の侍】の製作期間より長い。
1954年/日本/監督:黒澤明/出演:三船敏郎、志村喬、津島恵子、木村功、加東大介、宮口精二、稲葉義男、千秋実、土屋嘉男注※このサイトは映画のネタバレしようがしまいが気にせず好きなこと書いてます!未視聴の方はご注意ください![…]
スタッフや俳優たちはもちろんこの間他の仕事はほとんどできず、【赤ひげ】の撮影に全力を注いだ。
ビリングは三船敏郎がトップにきているが、事実上の主役は加山雄三。彼が演じる保本登が文字通り小石川養生所の門をくぐるところから話は始まる。
保本は長崎で西洋医学を修めたエリート。
今で言えば東大医学部を出てハーバードやジョン・ホプキンスの大学院に留学したようなもので、当然ながら優秀な若者として意気軒昂 。医師として当時最高の地位である御番医 を目指している。そんな野心勃然たる保本が小石川養生所を訪れたのは父親の言いつけによるものだ。
保本としては単なる見学のつもりだったのだが、驚いたことに養生所では彼を雇い入れたことになっていた。その日から無理やり仕事につかされることになり、保本は当然文句を言い抵抗する。
しかし所長である“赤ひげ”こと新出去定 (三船敏郎)は有無を言わせない。
一旦サボタージュを試みるものの、気の狂った女に襲われたところを赤ひげに助けられた事から彼の心に変化が現れる。貧しい患者たちに接するうちに医者としての良心も芽生え始める……。
【赤ひげ】はドイツ語でいうところのビルドゥングス・ロマン、つまり青年保本の成長物語といえる。そしてその成長の糧となるのが患者たちのエピソード。
もともと原作は【椿三十郎】、【どですかでん】と同じ山本周五郎による連作短篇で、脚色にあたってはそれらを挿話として活かしながら長篇に仕立てている。
それまでの黒澤作品はいわゆる武張 った話が多かった。主役となるのはほとんどが武士であり、クライマックスも殺陣の派手なチャンバラシーンだ。
ところがこの映画で中心となるのは江戸時代の庶民。黒澤はその貧乏生活の哀歓を抒情たっぷりに描いている。保本と赤ひげは一応の主役とは言え、庶民たちを見守る役割でしかない。その点で黒澤の時代劇としてはかなり異色だ。
挿話の一つ一つが印象的だが、特に中心となるのは保本が世話をするおとよ(二木てるみ)のエピソード。これはあえて原作によらず、黒澤の愛読するドストエフスキーの「虐げられた人々」からの挿話になっている。
この映画は黒澤ヒューマニズムの集大成と呼ばれたが、このおとよのエピソードはその特徴を最も表していて、演出にも特に力が籠もっている。
おとよを癒やすことで保本自身も医師の本来の役割を知り、赤ひげ同様、貧しい患者の治療に専心することを決める。そしてあれほど願っていた御番医に就く辞令が来るのに、それを断ってしまう。
この結末は他の黒澤作品以上に清々しい。
セットのリアリティが凄まじい
黒澤は沢山の時代劇を撮ったが、意外なことに徳川時代の江戸の町をきちんと描いた作品はこれしかない(【どん底】も舞台設定は江戸時代だが、町中の場面はない)。
江戸は当時殷賑 を極めた世界最大の町で、小石川付近の家々も多かった。
リアリズムを重視する黒澤は部分的なセットを好まず、当時の小石川一帯をまるごと再現した。それも新しい建材では雰囲気が出ないということで田舎に残った古い民家を壊し、その木材を使用。さらにスタッフ総出でその表面を磨き立てて、使い込んだ様子を出している。
黒澤作品では【蜘蛛巣城】や【乱(1985)】で撮影のために建てられた城がその巨大さで目を奪うが、セットの豪華さを感じさせるという点ではこの【赤ひげ】の方が上だろう。
1985年/日本、フランス/監督:黒澤明/出演:仲代達矢、寺尾聰、根津甚八、隆大輔、原田美枝子、宮崎美子、野村武司、井川比佐志、ピーター/第58回アカデミー衣裳デザイン賞受賞注※このサイトは映画のネタバレしようがしまいが気に[…]
町並や川岸など、これだけ現実味のある江戸の町は他の映画では見られない。しかもそれらのセットが画面に映るのは長くて数分、短い場合は数秒だけだ。中にはわざわざ建てられたというのに全く撮影には使われなかった家もある。
こういう贅沢さが画面の厚みとなり、いかにも江戸時代がそこにあるというリアリティとなっている。
映画の面白さを堪能させたい、という黒澤の思いが今見ても各カットに凝結している。
アクション場面も強烈
上述したようにこの【赤ひげ】は江戸時代の庶民の人情噺だが、黒澤は「サービス」と称してアクション場面も用意している。
岡場所からおとよを連れ出す際にごろつきどもが邪魔しようとするところで、赤ひげが彼らを叩きのめす。
参考 岡場所=江戸時代、官許の吉原に対し、非公認の深川・品川・新宿などの遊里。
いつもの黒澤なら太刀を使うところだが、ここでは赤ひげは素手、そしてごろつきは匕首 。
斬って血が出るような派手な趣向はないにも関わらず、ほんの1分ほどのこの場面は凄まじい迫力がある。
黒澤の演出スタイルで特徴的なことの一つは望遠レンズを多用する点。それがこのアクション場面では最高の効果を上げ、他の監督には見られないようなリアルなものになっている。
映画【赤ひげ】の感想
黒澤が全精力を傾注した【赤ひげ】は公開当時はそれまでの作品以上に絶讃を博して、興行的にも大ヒット。キネ旬の年間ベストテンでも第一位となり、増村保造など同業者の映画監督もその仕上りを褒め称えた。
ここで黒澤のキャリアは一区切りを迎える。そしてスケールの大きな企画に難色を示し始めた古巣の東宝に見切りをつけ、国際的な映画作りに乗り出すことになる。
ところが意気込んで取り組んだ【暴走機関車】、【トラ・トラ・トラ!】といった作品の製作は次々と破綻。その失敗は黒澤の周辺の人間関係をも壊す大きな悲劇となってしまう……。
黒澤のその後のキャリアを考えると、この【赤ひげ】は黒澤個人にとどまらず、日本のスタジオシステム崩壊前の最後の輝きと思えてくる。
このあと黒澤明は自殺未遂しちゃうんですよね…。
いくら天才と言えども「完璧な映画を撮り続ける」って並み大抵のことじゃないんだね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
そんなあなたが大好きです。