1945年/フランス/監督:マルセル・カルネ/出演:ジャン=ルイ・バロー、アルレッティ、ピエール・ブラッスール、マルセル・エラン、マリア・カザレス、ルイ・サルー、ピエール・ルノワールガストン・モド
注※このサイトは映画のネタバレしようがしまいが気にせず好きなこと書いてます!未視聴の方はご注意ください!

美輪明宏を始め数々の著名人からも愛されていることで有名な美しい名画。
出会う男をことごとく虜にしてゆく輝く笑顔の苦労人ガランス(アルレッティ)と、見る者の視線を釘付けにする生粋の無言劇役者バチスト(ジャン=ルイ・バロー)。二人の深い愛を軸に、芸術の都パリで生きる人々の悲喜こもごもを描きます。
愛しい人と一緒に観ましょう、【天井桟敷の人々】です。
映画【天井桟敷の人々】のあらすじザックリ
軒並み高評価の名作古典
それはもう美しい映画で。
プレイボーイ(=フレデリック)も悪漢(=ラスネール)も下品な狂言回し(=ジェリコ)も出て来るんですけどね。パリの下町のドヤ街みたいなのも出て来るし、乞食 にばけて金儲けてる悪い奴もいる。
それでも総じて「美しい」。

話す言葉がフランス語だから?
古典の名作だから?
いやそれだけじゃないでしょう。美しさを通り越して作り手の芸術に対する執念すらも感じさせますから。
製作に3年の歳月を費やした詩的レアリズム映画
それもそのはず、【天井桟敷の人々】が公開されたのは1945年。
そうです、終戦の年。

監督のマルセル・カルネは、ジュリアン・デュビビエやジャン・ルノワールら映画界の巨匠がハリウッドに逃れる中、フランスに留まりナチス・ドイツの監視の目をくぐって【天井桟敷の人々】を撮り続けました。
撮影期間はなんと3年。
聞けば納得。長い年月をかけてでも「なんとしても自国で映画を完成させたんねん!」という関係者一同のひとかたならぬ熱い想いが【天井桟敷の人々】をこれほどまでに気高く繊細で美しい映画に仕上げたのでしょう。終戦するやすぐに【天井桟敷の人々】は公開され、世界中で称賛されます。

ちなみに同じ1945年公開の映画で【天井桟敷の人々】と並び称されるのがロベルト・ロッセリーニ監督のイタリア映画【無防備都市】。
この二作はそれぞれフランスの「詩的レアリズム」とイタリアの「ネオレアリズモ」の映画群に数えられます。
参考 詩的レアリズム=1930年代のフランス映画における映画運動。リアリズムと叙情性によって物事を根本まで鋭く見通す視点と繊細な描写が同居した、情感溢れる作品群を生み出した。
参考 ネオレアリズモ=第二次世界大戦後のイタリアで興った映画における現実描写とその作品群の呼称。民衆を表現の主体に、レジスタンス活動・労働争議や貧困をテーマとし、現実社会を客観的かつドキュメンタリー風に描き出した。
「天井桟敷」ってナニ?
タイトルにある「天井桟敷」というのは劇場の最上階の客席のことです。

劇場によって違うのかも知れませんけど、【天井桟敷の人々】に出て来るフュナンビュル座の天井桟敷は「無料席」。「天井」っていうから「良い席」の方なのかと思いきや、「悪い席」の方を指します。
まあ「天井」って呼ぶからには普通に考えて舞台から一番遠いわけだからね。役者なんて米粒大なんでしょうし。声が通りにくい劇場だったら役者のセリフがちゃんと聞こえるかどうかもあやしい。
でもこの「天井桟敷」から舞台を観ている人達は、なんとも楽しそうなんですよ。役者がちょっとボケただけでゲラゲラ大声で笑ってね?
ちゃんとお金払って舞台を観ている階下の客に「やかましい!」って怒鳴られようとなんのその。

「何がそんなに楽しいねん」って不安になるくらい終始ゲラゲラ笑ってる。
タダで観劇して笑ってる。
昔、この天井桟敷で、今の彼らと同じようにゲラゲラ笑って観劇していたひとりの女性がいました。
彼女は今、もっと舞台に近いボックス席で観劇しています。

ボックス席から天井桟敷を懐かしそうに見つめるその女性の名はガランス。
この物語の主人公です。
年増の女芸人ガランスと天才無言劇役者バチスト
あちこちで大道芸人が芸を披露し、見物客や買い物客でにぎわうパリの「犯罪大通り」。

ひときわ大きな声で客寄せをしているのがフュナンビュル座。無言劇を売りにしている老舗劇場です。
その前をウロチョロしていた軽薄そうな男フレデリック(ピエール・ブラッスール)は、雑踏にあってもなお魅惑のオーラを放つガランスを見つけてかけよります。


ちょいちょいちょいちょい!
今俺見て笑ったよな?
奇跡の出会いや、人生は美しいなあ、自分も奇跡のように美しいわ
すみません、話し言葉になると私はどうしても関西弁で書いちゃうんでアレなんですけど、【天井桟敷の人々】が持つ美しさのひとつに、セリフの美しさがあります。
さすがフランスと言いますか、さすが3年かけただけあると言いますか、登場人物のセリフ回しがどれもこれも粋で、抽象的なのにあいまいではなく、フレデリックのようなナンパ師の常套句であっても満天の星のように煌めくんです。

嘘くさいって?
分かりましたよもう、じゃあ【天井桟敷の人々】の記事に関してだけは、登場人物のセリフは字幕のまま書きますよ。そしたらもしあなたが【天井桟敷の人々】をご覧になってなくてもセリフの美しさが分かってもらえると思いますから。

魔性の女ガランス
フレデリックを虜にしたガランスとは一体どういう女性なのかと言いますと、もともとは犯罪大通りにある見世物小屋で「世紀の美女の生まれたままの姿がみられる」という微妙な出し物に出演していた女芸人(頭だけ出して五右衛門風呂みたいな樽に入ってるだけで、実際にすっぽんぽんかどうかは分からない)。
しかし今般は客の入りも悪くなってきてたようで、まさにフレデリックが声をかけたこの日に仕事をクビになっています。

いつも口元に静かな微笑みをたたえていて、立ち振る舞いはまるで豊穣の女神のようだけど、実は女手一つで育ててくれた母親を15歳で亡くした苦労人。

父が蒸発して貧乏だった
母が洗濯の仕事で育ててくれたの
美しい人で私を愛してくれた
笑顔と歌を教えてくれたの
でも母が死んで一変した
私は15歳だった
パリの娘は早熟よ、男が放っておかない
色んなことがあったんでしょう。
ただ美しいだけじゃなく、世の中の酸いも甘いも噛み分け包容力のあるガランスの周囲には、色んな男が群がってきます。
冒頭に出て来るナンパ師フレデリック、インテリ気取った悪党ラスネール(マルセル・エラン)、気高い伯爵モントレー(ルイ・サルー)。

そして犯罪大通りでガランスに花をもらって“夢から覚めた”無言劇の達人バチスト。


夢で君を見てたんだ
君に花を投げられて夢から覚めた

愛は夢や物語の中にしか存在しないわ
恋は簡単なものよ
ガランスはね、さきほど挙げた4人のうち、バチストを除く全員と寝てるんですよ。恐らく。
「恋は簡単なものよ」というガランスのセリフが象徴するように、15歳で身寄りがなくなった彼女にとって、男と寝ることは生きるための処世術のひとつであって、特別なことでもなんでもない。
「愛してる」なんて星の数ほど言われたことでしょう。そのたびにベッドを共にすれば相手の男はとりあえず満足そう。これでいいのか。愛ってちょろいな。「恋は簡単」。そう思わざるを得ない環境を生き抜いてきた彼女はこうも言います。


生きるために男を手玉に取ってきたガランス。「私は汚れているのでは…」「本当の愛ってなに?」なんて乙女チックなことを考えて人生を振り返ってしまっては自分が壊れてしまうかも知れないことを理解している彼女は、今日も笑って生きています。
まあまあのおばちゃんなのに、凛としていて美しいんですよ、本当に。
ちょっとイラっとさせるバチスト
そんなガランスに誰よりも深い愛を捧げるのが無言劇役者のバチスト。
登場人物の中で唯一、私をちょっとイラつかせる男。
よもや【天井桟敷の人々】の本編中にラスネールの前髪よりもイラつくものがあろうとは思いもよりませんでした。

真面目で繊細なバチストのどこら辺がイラつくかと言うと、澄んだ瞳の美しいガランスに首ったけになってしまったバチストは、ガランスを愛するあまり彼女とベッドを共にできる機会を逃すんですよ。
まあね、ここで寝てしまっては他の男どもと一緒やんって感じなんでしょうけど、でもね、聞いて聞いて?
バチストとガランスは一度離れ離れになるんです。5年間。
そしてそのガランスと離れ離れになってしまった5年のあいだに、バチストはずっと自分に想いを寄せてくれていたフュナンビュル座の座長の娘ナタリー(マリア・カザレス)と結婚して、子をもうけるんですよ。家族3人で幸せに暮らしてたんです。
それなのに5年後、再びガランスがパリの街に戻ってくるや骨抜き状態に逆戻り。

「この5年間ずっと君を想ってた」とか言ってね。
そんで結局ベッドイン。

寝るんかい!
ほな5年前にやっときいな!
そりゃ純愛といえば純愛なんでしょうがよ。
いや違うんですよ。当サイト「天衣無縫に映画をつづる」でたびたび公言しておりますが、私は浮気擁護派です。浮気も不倫も別になんとも思いません。
むしろ恋人同士の愛情なんてかりそめだと思ってるんで、相手があるならじゃんじゃん次行っちゃいなよって思考です。ですからバチストに「浮気すんじゃねーよ」って言ってるわけじゃないんです。

そうじゃなくて、子供はいかん、と。
嫁はんのナタリーはともかく、子供の父親はあなたしかいないんだから、せめて子供がもうちょっと大きくなるまでは家庭をほったらかして本命の女性を追っかけ回すのはお止めなさいな、と思うんですよ。
そもそも5年間片時も忘れずガランスを想っていたと言うのなら、どうしてナタリーと子供作んのさ。子供作ったかぎりは親の責務をまっとうしなさいなバッチー。

とか、純愛映画の名作に野暮なツッコミ入れてみる昼下がりでございます。
映画【天井桟敷の人々】の感想一言
数ある美しいセリフの中でもっとも私に響いたのは、5年ぶりに再会したフレデリックに「一段と美しくなったな!」と言われた時のナタリーのひと言。
自身の夫となったバチストと、彼との間に産まれた幼い息子をうっとりと見つめながら、ナタリーはこう言います。



こんなことサラッと言える人います?こんなにキレイなセリフあります?
よっぽど幸せなんですよナタリー。めちゃっくちゃ幸せなんですよきっと。
それなのにバチストときたら…。
バチストときたらもう!!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
そんなあなたが大好きです。