1953年/日本/監督:溝口健二/出演:京マチ子、水戸光子、田中絹代、森雅之、小沢栄、青山杉作、羅門光三郎、香川良介
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この記事は大損ウェルズ氏に寄稿いただいたものです。
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外国で有名な日本の映画監督、というと、多くの人が真っ先に思い浮かべるのが黒澤明だろう。
来日した海外の映画人が「好きな日本の映画は?」とお定まりの質問をされると、かなりの確率で黒澤作品を挙げるし、オールタイム・ベストの企画がヨーロッパの雑誌で行われると、やはり上位を占めるのは【七人の侍】、【羅生門】、【乱(1985)】などである。
それらを見ても、黒澤が海外の映画関係者の中で最も知名度の高い日本人監督であることは間違いない。
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一方、本日の映画でメガホンを取った溝口健二は、黒澤に比べると知名度では劣る。
それは日本でも同じことで、一般の映画ファンでも【七人の侍】【羅生門】を見たという人は多いだろうが、溝口作品になると手を出す人が少なくなる。「日本の三大巨匠」といえば一般に溝口健二、小津安二郎、黒澤明だが、かなり特殊な作風である小津安二郎と比べても、溝口の人気というのはさほど盛り上がっていない。
ただ一般的な人気はともかく、海外での評価となると話が違ってくる。
実はヨーロッパ、特に一時期のフランスでは、溝口作品の評価は黒澤を凌いでいた。 「二人を比較すれば、溝口の方が優れていることは間違いない」 と断定しているのは、批評家だった頃のジャン=リュック・ゴダール。ゴダールの溝口への心酔ぶりは大変なもので、若い頃に来日したときはわざわざ時間を設けて、溝口の墓へお参りに行ったほど。
ゴダールほどではなくても、彼の盟友であるフランソワ・トリュフォー、エリック・ロメール、クロード・シャブロル、ジャック・リヴェットといった当時の「カイエ・デュ・シネマ」の批評家たちはこぞって溝口作品を絶讃している。
参考 「カイエ・デュ・シネマ」=1951年創刊のフランスの映画批評誌。1950年代なかば以降は「作家主義」の戦略によって挑発的な映画批評を展開した。
その溝口の映画の中でも、ひときわ高い評価を得ているのがこの【雨月物語】だ。
映画【雨月物語】のあらすじザックリ
“女性映画の巨匠”溝口健二作品の特徴を解説
【雨月物語】は上田秋成の有名な怪奇短篇集から「浅茅が宿」「蛇性の婬」のエピソードを巧みに繋げて構成されている。
日本の古典文学を長篇のプロットに仕立て直して映画化するというのは、1952年の【西鶴一代女】以来溝口が得意とした方法(あと、なぜかギ・ド・モーパッサンの「勲章」という短篇が加えられているが、はっきり言ってこのエピソードは出来が良くない)。
溝口といえば徹底したリアリズム演出が特徴。その点で全く妥協を許さず、スタッフやキャストにも本物らしさを求めて高い要求を課した。
黒澤や小津も完全主義で有名だが、溝口の場合はその度合が凄まじかったようだ。 特に俳優への過酷な演出ぶりは半ば伝説化していて、言葉遣いは「ですます」調で丁寧なのだが、「違います。もう一度やってください」と同じ場面を何十回となくやらせる。
どこか駄目なのか分からないまま何度も演技するために俳優は心身とも疲労困憊し、最後にはヤケクソになったという。
溝口としてはそうやって追い込むことで映画俳優としての見栄を捨てさせ、役になりきった演技を引き出す意図があった。
ただ、リハーサルが重なるにつれ「あなたはバカですね」だの「役者などやめなさい」といった言葉を浴びせるのだから、演技指導という域を越えてほとんどパワハラ。今ならさぞ問題になったことだろう。
この映画でも、主演の森雅之、田中絹代はもちろん、脇役に至るまで下手な役者など出てこない。
黒澤明が「溝口さんの映画に出たことのある俳優はどこか違う」と言ったそうだが、修羅場をくぐった俳優たちの演技はさすがに見事だ。
映画カメラマン宮川一夫によるモノクロの撮影
もうひとつ、溝口作品で特筆すべきなのはその撮影。
この【雨月物語】でキャメラを担当したのは【羅生門】で黒澤監督と組み、世界に日本の映画技術の高さを知らしめた宮川一夫。溝口とのコンビはこれが二度目だったが、以後溝口の遺作である【赤線地帯】に至るまで【楊貴妃】を除いて全ての作品を撮影する。
宮川の撮影の凄さはモノクロにおける灰色のバリエーションの豊かさにある。
映画ファンの中にも「白黒映画は画面が暗いから見たくない」という人がいるが、宮川によるモノクロの溝口映画は、白と黒の中に色彩を感じさせる階調の見事さがある。「見ないともったいない」と言いたいくらい、映像の美しさは際立っている。
以下に撮影の秀逸さによって特に名場面となった2つのシーンを紹介しよう。
小舟が霧に包まれた琵琶湖を進んでゆくシーン
このシーンは、【雨月物語】の大ファンであるマーティン・スコセッシが【沈黙-サイレンス-】の中で模倣して、溝口にオマージュを捧げている。
源十郎が若狭と戯れるシーン
画像でしかお見せできないのが残念だが、この場面でのカメラワークの流麗さと美しさは息を呑むほど。
まず露天風呂で戯れる2人を映し、
そのままカメラはお湯が流れ落ちる岩肌から地面へ。
そしてその地面がいつのまにか掃き清められた砂地に変わり、
美しい河原の風景へと変ってゆく。
溝口の全作品の中でも特にファンタジックで、ゴダールも感嘆した名場面である。
他にも溝口のトレードマークである長回しを生かした場面がいくつもあり、その映像の見事さに息を呑ませる。
【雨月物語】が高評価である理由
先ほど言ったように、溝口の映画の中でもこの【雨月物語】は海外および国内でも際立って評価が高い作品である。
製作当時もヴェネチア映画祭で銀獅子賞を得て、当時権威のあったキネマ旬報ベストテンでも3位(ちなみに2位は【東京物語】)。
溝口の没後はさらに評価が高くなってゆき、国内のオールタイム・ベストの催しでは必ずと言っていいほどベストテンに入るし、有名な“Sight & Sound”誌による「映画史上のベストテン」でも投票者の多い常連作品。最近のBBCが行なった“The 100 greatest foreign-language films”では、黒澤の【七人の侍】や小津の【東京物語】の高位置には及ばないが、68位だった。
溝口作品も数多ある中でこれが高評価なのは、内容が怪談でありファンタジー色が強いせいだ、と思われる。
他の溝口の映画というのはひたすらリアリズムに徹し、つらい境遇にある女性を冷徹なまでに見つめるものが多いが、この【雨月物語】ではリアリズムに幻想味が混じった異色の内容になっており、映像の華麗さが目立つ。
演出の調子は高いものの、表面的な派手さに欠ける溝口にしてはその点が珍しく、より多くの批評家にアピールしたのだろう。
映画【雨月物語】の感想一言
実はこの名作、溝口健二の作品の特徴がさほど出ている映画ではない。
いわゆるワンシーン・ワンカットがほとんどなく、カットを相当割っている。あとファンタジーという点も異色だし、“溝口健二の代表作”と言い切るのには躊躇してしまう。
ただ取っつきやすい入門篇としては最適で、これを最初に見て、他の作品に進むのがいいだろう。
なんだってさ。
溝口健二作品の“入り口”が分からない人は、まず【雨月物語】からご覧になってみてはいかがでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
そんなあなたが大好きです。