- ラブストーリー
- 2026年4月11日
1988年/アメリカ/監督:アラン・パーカー/出演:ジーン・ハックマン、ウィレム・デフォー、フランシス・マクドーマンド、ブラッド・ドゥーリフ、R・リー・アーメイ、ゲイラード・サーテイン、スティーヴン・トボロウスキー、マイケル・ルーカー/第61回アカデミー撮影賞受賞
注※このサイトは映画のネタバレしようがしまいが気にせず好きなこと書いてます!未視聴の方はご注意ください!

人種差別ってなんなんですかね?
いや私とて嫌いなヤツくらいいますよ。私に限らず誰だって顔も見たくないくらい嫌いなヤツの一人や二人いるでしょう。
でもそれは「偉そうやから嫌い」とか「愚痴ばっかり言うから嫌い」とか「おもんないから嫌い」とか、嫌いになる理由がありますやんか。
私自身に関して言えば、その“理由”は絶対肌の色(または人種)ではありません。
「黒人だから嫌い」「中国人だから憎い」なんて、そんな一面的な感情あります?
意気投合すれば白人だろうが黒人だろうが仲良くもなるし、性格が合わなけりゃその反対にもなるし、その人を好きになるか嫌いになるかは肌の色だけで決まるもんでもないでしょう。
ちゃう?
実際に起こった事件を扱った社会派ドラマ、【ミシシッピー・バーニング】です。
映画【ミシシッピー・バーニング】のあらすじザックリ
公民権法制定前の1964年。ミシシッピ州フィラデルフィアで3人の公民権活動家が行方不明となる。それを調査するためにベテランFBI捜査官2人が公民権活動家の失踪した田舎町に捜査に行く。ところが、その町では人種差別が公然と行われており、さらに事件の捜査を開始した二人に対し町のKKKや保安官等が捜査の妨害を図ろうとする。
ミシシッピ州で3人の公民権活動家失踪事件が発生
1964年にアメリカ南部のミシシッピ州で実際に起きた公民権活動家3人の失踪・殺害事件をベースにした社会派サスペンス。
プロローグに映し出されるのは「白人用」「黒人用」と書かれた給水機。黒人は老人であろうが子供であろうが「白人用」の水を飲むことは許されません。


給水機なんか一個でええやないか!
ダメなんですって。
当時のアメリカ南部ではあらゆるものが公然と「白人用」と「黒人用」に分けられていたんですって。
これが法律で認められてたって言うんだから恐ろしいですよね。
ジム=クロウ
分離政策によって、学校、交通機関、公園などあらゆる公共施設で、白人用と黒人用が分離され、共用することは許されなかった。
⸻中略⸻
このことばは特に南部を中心に定着していたが、黒人差別に対する長い反対運動の中で、1950年代後半~60年代の公民権運動によって、1964年7月2日に公民権法が成立し、法律上の“ジム=クロウ”は死滅した。出典:世界史の窓
1964年、アメリカ南部ミシシッピ州。黒人の選挙権獲得運動を支援していた若い公民権活動家3人(白人2人、黒人1人)が行方不明になりました。
捜査のためFBIから派遣されたのは、経験豊富なルパード・アンダーソン捜査官(ジーン・ハックマン)と、若く理想主義的なアラン・ウォード捜査官(ウィレム・デフォー)。

さっそく二人は町で行方不明事件について聞き取り捜査を始めるも、町の住民たちは誰もが口を閉ざし、地元の保安官スタッキー(ゲイラード・サーテイン)やクリントン・ペル保安官補(ブラッド・ドゥーリフ)ら、果ては町長(R・リー・アーメイ)までもが事件に関与している疑いが浮上してきます。
やがて二人は、この土地に根深く存在する人種差別と暴力の実態に直面してゆくんです。
「犯人探し」の映画ではない
【ミシシッピー・バーニング】の主題は犯人探しではありません。行方不明になった3人は結果的に殺されているわけなんですけど、「誰がやったのか」は映画冒頭ですでに明かされています。
本作で描かれているのは「人種差別を肯定する空気」の恐ろしさです。

独りの凶悪な悪人がやったわけじゃありませんから。町全体が差別思想に染まり、スタッキー保安官もペル保安官補もKKKも住民も、みんなが同じ方向を向いているんです。「同じ方向」ってのはつまり、黒人には暴力をふるっても(なんなら殺しても)オッケー!黒人をかばう白人も黒人と同等にやっつけてもオッケー!って思想。
ペル保安官補の妻であるペル夫人(フランシス・マクドーマンド)が言うことには、この町では普通に人種差別を(するように)教育されるらしい。7歳の頃には立派な人種差別的思想が根付いているとのこと。
当記事の冒頭で偉そうに「人種差別するなんて信じらんな~い!」って言ってた私だって、子供の頃から「黒人は差別するものなんだよ」って親や先生や信頼する大人達に教えられてたら立派な差別主義者に成長してたことでしょう。つくづく今の日本に生まれて良かった。

そりゃ事件解決も難航しますわ。ただの人探しじゃないですもん。だって犯人は町全体を覆う「人種差別を肯定する空気」なんですから。空気相手にどうやって戦えっちゅうねん。
相反する2人の捜査官の対立
ジーン・ハックマン大好きです。

本作での役どころは南部出身のFBI捜査官アンダーソン。南部出身だけあって、彼は北部育ちのおぼっちゃんウォード捜査官とは違ってこの町の空気を多少理解しています。
この事件の主任捜査官はウォードですから、アンダーソンも最初は一応ウォードに従って法律や手続きに従って捜査しようとするんですけど、ウォードのような正攻法ではこんな町の空気は変えられないんですよ。
事件の証言をしただけでリンチされたり家に火を放たれたりするような町で、いったい誰が口を開くっていうのよ。
ウォードの捜査法は間違ってはいません。てかむしろ絶対正しい。間違ってるのはこの町の空気の方。アンダーソンは罪に問われるギリギリ(いやアウトか?)の手法でキナ臭い奴らを脅迫し、騙し、叩きのめし、真実に迫ります。

どちらが正しいとも言い切れません。たまたま今回の捜査にはアンダーソン流捜査がハマっただけ。他の町でこのやり方が通用するとは限らない。
ルールを守るべきなのか。
結果を出すためなら多少の強引さも必要なのか。
いずれにせよ相反する2人の捜査官の対立が【ミシシッピー・バーニング】に深みを与えていることは間違いありません。

ちなみにペル保安官補を演じたブラッド・ドゥーリフは、私がオールタイムベストに推す【カッコーの巣の上で】の精神薄弱の青年ビリー役の俳優です。演技力・存在感が半端ないです。

映画【ミシシッピー・バーニング】の感想ひとこと
連邦裁判の結果については全米が「K.K.K.の仕返しを恐れる陪審員が有罪を宣告する筈が無い」と予測していましたが、事件から三年後の1967年10月21日、陪審員たちは「18人のうち7人に有罪、8人は無罪、3人については結論出ず」という毅然たる判決を下し、マスコミの賞賛を浴びました。裁判長は有罪の中の2人に10年の刑、他の5人には5~3年の刑を云い渡しました。実は、これはミシシッピ州において白人が黒人を殺害して有罪が宣告された初めてのケースだったそうです。
出典:公民権運動・史跡めぐり

「実際にあった事件を題材にしている」と言ったとて結局映画はエンタメですから、事件の詳細については勧善懲悪じみたストーリー性を持たせてかなり脚色してあることでしょう。
でも映画の最後に出て来る加害者たちの量刑は本当みたいです。
無抵抗の3人を殺した奴らの刑罰が最長で10年て!
当時のミシシッピ州においては歴史的な進歩だったんでしょうけど、それにしても冗談みたいに軽い刑ですよ!
どう思います?!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
そんなあなたが大好きです。



